「いいよなァ新八は」
「は」


久しぶりに掃除機をかける僕に向かって唐突に、ソファに寝そべりジャンプを読むことに熱中していた筈の銀さんが呟いた。言葉が足りないから何を言いたいのか全くわからない。まぁ、今に始まったことじゃないんだけれど。


「何ですかいきなりわけわかんないんですけど」
「髪だよ、髪」


今更。

どんなに頑張ってもありとあらゆる方向へと波打つ銀さんの髪。それに対して銀さんがどれだけコンプレックスを持っているか、僕はもう知り尽くしている。なのに何を言っているのかしかも僕の髪がいいだなんて、確かに銀さんに比べれば落ち着いて纏まっているけれど。でもそんなことを言ったら、毎日あれだけきつく纏めているのに解けばさらりと流れる神楽ちゃんの髪の方がずっと上質だと思う。


「僕の髪?別にそんなにサラサラじゃないですよ」
「ちげーよ誰が髪質のこと言った、ったくだからお前は新八なんだよ」
「いや、だから存在自体をダメみたいに言わないで下さい吸いますよ?」
「いだっ!いだっ!ゴメンナサイ新八君ヤメテハゲる!」


掃除機の先を銀さんの頭に向けると思った以上に吸い付きがよくて銀さんが悲鳴をあげた。ちょっとやりすぎた、掃除機のスイッチをオフにして涙目の銀さんを見下ろす。


「で、何なんですか」
「その色が羨ましいわけよ、銀サンは」
「はぁ」
「黒は全てを飲み込む色なんだって、カッコよくねェ?」


テレビかそれとも漫画か、とりあえず何かで得た知識をあまり考えずに言った結果だったらしい、銀さんの言葉に深い意味は無さそうだった。黒がいい、なんて言うけどこの国に住むひとのほとんどは黒髪だ。けれど天人が出入りするようになってからは神楽ちゃんのように鮮やかな色の髪を持つひとも珍しくなくなってきたし、そもそも髪なのか触覚なのかわからないような天人もいる。そんなご時世だから銀さんの銀髪だって、そこまで奇異の目では見られない―


(―あ、)


そこまで考えて、僕はひとつの結論に辿り着く。

僕と銀さんは年が離れている。僕が生まれる前、つまり銀さんが子どもの頃はきっと、まだ天人の数は今よりずっと少なかっただろう。黒髪が当たり前の世界で、銀さんの髪は一体どれくらい目を引いたんだろうか、想像は難しくない。はっきり言って黒と銀さんの髪だったら、美術的に見れば後者の方が鮮やかで美しく見える。だけど人間は異質なものを排除しようとする本能がある。まして子どもはいい意味でも悪い意味でも酷く素直な生き物だ。いじめ、という言葉で些か直接的すぎるけど、それに似た行為があったのかもしれない。もし銀さんの言葉の裏にそんな事実が含まれているのならと考えると、僕は何だかやるせなくなった。目の前でふよふよとしている色はこんなにも綺麗なのに。


「おーい新八?」


いろいろ無駄なことを巡らせていた僕の思考は銀さんの声で現実に戻った。


「何ボーっとしてんの?銀サンの話聞いてる?」
「聞いてますよ」


僕はもう一度、じっと銀さんの髪を見た。銀髪だの白髪だの言われているけど、お年寄りの白髪とは明らかに色が違う。少し青みを帯びた、シャーベットのような白銀。


「・・・僕は銀さんの髪、いいなぁと思いますよ」
「は?この天パが羨ましいたぁ勇者かね新八君は」
「誰も髪質のこと言ってませんよ」
「・・・」


さっきと全く同じ質問を逆に返されて、銀さんは黙りこくった。やる気のない瞳がさらに細められている。


「銀さんの髪の色、綺麗だから」


僕がさらっとそう言うと、銀さんは面倒臭そうに小指を鼻の穴に突っ込んだ。傍から見ると馬鹿にした態度だけど僕にはわかる、少し照れている。素直じゃない。

そのうねる髪は性格まであらわしているなんて言ったのは土方さんだったか桂さんだったかは忘れたけれど、僕はその色も性格を映し出している気がしてきた。移り変わる春の空の色。そんなイメージが急に湧いた。冬の張り詰めた蒼でもなく、夏の激しい碧でもない。太陽の光を透かしてくすんだ銀、鈍い青と灰色の狭間。掴み所が無くて名前が付けられない色、だけど決して冷たくはない色。ああ銀さんにそっくりだ。そんなことを考えていたら、つい口から漏れてしまった。


「銀さんの髪は空の色に似てますから」
「おま、空の色が毎日こんなんだったら洗濯物乾かねーぞ」


銀さんは怪訝な表情で僕を見た。ああ僕も言葉が足りなかったらしい、頭で思ったことを銀さんに伝えようとしても、言葉がうまく纏まらなくてダメだった。じゃあ今度、銀さんの髪みたいな色をした春の空に出逢えたら、ほらこの色ですよって伝えよう。好都合なことにその季節はもうすぐやってくる。そしたらみんなで空を見上げよう。

光を塗した、優しい青みを帯びた空を。












Argent spring