ハルちゃんと決めた、自分感謝デー。いつもはお金や体重を考えて控えているあまいものを、この日だけは我慢しないでたっぷり食べるという贅沢で幸せな、日。けれど今日、私のフォークは一向に進もうとしなかった。気を遣わせてしまうかなと思ってハルちゃんをそっと見ると、明後日の方向を見てぼんやりしていた。テーブルの上、お互いのケーキは手つかずで、甘い匂いだけが鼻を擽っている。
「ハルちゃん」
「はひっ、考え事してました!ごめんなさい〜」
現実に戻ってきたハルちゃんの視界に私のケーキがあったらしい、慌てた表情はすぐに神妙な表情に変わる。
「京子ちゃん、食べないんですか」
「・・・う〜ん、いつもよりちょっと食欲ないかなあって」
「何かハルも同じ気分です〜」
わかっている。私とハルちゃんの大切なひとたちは、ほとんどイコールで結べるのだから。私が胸を痛めたり、心配したりしているのならば同じ気持ちを抱いているんだろう。ハルちゃんも、私が食欲を無くしている理由に気づいているらしく、話題は違和感なく「それ」にすりかわる。
「・・・ツナさん、まだ山で修行してるみたいなんです」
「・・・・・・うん」
「獄寺さんもです」
「・・・・・・うん」
でも私は、頷くことしかできない。だって私は、今の状況を全く理解していない、いや理解できない。「『相撲大会』に出るのだ!」と言って修行していたお兄ちゃんはその『相撲大会』で腕に大怪我をして戻ってきた。背中や胸にも火傷のようなものもあった。どうして?『相撲大会』はしなければならないの?どうしてそんな怪我をするの?お兄ちゃんに聴いたけれど、1番知りたい真実の部分はやんわりと伏せられていた。きっと私に心配をかけまいとしているんだろう、こうなったらお兄ちゃんは誰よりも頑固、「大丈夫だ心配するな」の一点張りになる。でもお兄ちゃん、これからツナ君や獄寺君や山本君もその大会に出るんだよ。その為に学校を休んで特訓しているんだよ。お兄ちゃんみたいに怪我をするかもしれない、心配するなっていう方が無理。いろいろ考えていたら目の奥が熱くなってきて、慌てて瞬きをしたけれどもう遅くて、透明な粒がテーブルにいくつか落ちてしまった。
「京子ちゃん、」
「ごめんねハルちゃんなんでもないの、なんでも・・・」
指で目尻を拭って無理矢理涙を止めたら、鼻の奥がツンとした。きっと今日はもう、ケーキの味なんてわからない。それ以前に、私が泣いていたらハルちゃんもいい気分のわけがない。どうしたらいいんだろう、先の見えない螺旋階段の踊り場にいるような気持ちを、どうしたら。
「・・・・・・・・・・・・京子ちゃん、お守り作りましょう!!!」
暫くの沈黙を経てハルちゃんが放った言葉は予想外のもので、私はびっくりして固まった。
「えっ?」
「ツナさんたちが怪我しないように、負けないように、いっぱいいっぱい愛を込めてお守りを作るんです!!」
私はなんともハルちゃんらしい考えだなあと思った。彼女はいつでもポジティブ、落ち込んでもすぐに立ち上がって明るい笑顔を見せる。私はそんなハルちゃんがちょっとだけ羨ましくて、とても好きだ。
「うん!作ろう作ろう!」
「はひ!決定です〜じゃあ帰りはユザワヤに寄りましょお〜!」
「うん、そうだね!」
話しているうちに、涙の余韻はすっかり無くなっていた。今はただ、そのお守りに私が抱えている願いを、しっかり埋めようと思った。誰も傷ついて欲しくない、誰も泣いて欲しくない。みんなみんな、大好きでたまらないひとたち。そのひとたちが何の為に、どうして戦っているのかを私は知らない、力にもなれない。けれど、みんなが大切だって気持ちだけは、この胸に収まりきらないくらいあるから。
溢れた気持ちをお守りに詰めて、いとおしいあのひとたちに渡そう。この気持ちが届いたらもうきっと、涙は必要ない筈だから。
For my precious sweets