骸さんは嘘がヘタクソだ。血みたいな、真っ赤な瞳の力を使って幻を見せたり、フツーの「いいひと」を装って初対面の奴を騙したりすることは簡単にできる癖に、本心から出る嘘はどうしてあんなにバレバレなんだろう。あんまり頭がよくない俺だって、はっきりわかってしまう。だから嘘なんてつかないでよ、骸さん。
「骸さんのばか。まぬけ。パイナップル。」
俺は何だか胸がくるしくて、骸さんが嫌っていたフルーツの名前を使って悪態をついてみた。けれど、寒気のするような微笑みをうかべて俺に制裁を加えようとする骸さんは、どこにもいない。
「犬、顔拭いたら」
よっぽどのことが無い限り自分から口を開かない柿ピーが言うのだから、俺の顔は相当酷い状態なんだろう。そんなぐじゃぐじゃな俺とは正反対に柿ピーはいつもと変わらないつまらなそうな表情をしているだけでむかついた。だから俺はそのままの顔で柿ピーを睨んでやった。
「柿ピーは哀しくないの」
「・・・・・・」
骸さんは俺たちと別れた。俺たちのことを足手まといだと言い、別行動を取ったんだ。でもあれは嘘、骸さんが稀につく、見え透いた優しすぎる嘘。きっと今頃連れ戻されて、今まで居た場所よりもっと酷いところへ閉じ込められている。脱獄は罪を倍増させるもの、度重なればそれは恐ろしい重みになるのだから。それをわかっていて、骸さんは俺たちを逃がす為に犠牲になった。哀しい、悔しい、俺はどうすればいいの骸さん。視界がまたぼやけてくる、喉はカラカラで干からびそうなのに、どうして瞳の奥からこんなにも水が溢れてくるのかわからない。
「・・・逃げきらなきゃ」
柿ピーがぼそ、と呟いた。まるでひとりごとのような感じだったけど、さっき俺が聞いたことに答えたつもりなんだろう。わかってるよ柿ピー、今は哀しくなってる場合じゃないってこと。骸さんが自分を犠牲にして逃がしてくれたこの身を、無駄にするなってこと。今俺たちにできること、すべきことはたったひとつ、逃げること。俺はいろんな液体が垂れ流されていると思われる顔を服の袖で乱暴に拭って頬を叩いて、思考を振り切ろうとした。でも、鎖に繋がれた骸さんの姿が脳裏から離れることは無くて。
「柿ピー」
「・・・なに」
「いつか絶対、骸さんを助けに行くびょん」
「・・・・・・」
「あの、暗くて汚ねーとこから連れ出すんら」
「・・・そうだね」
柿ピーはそれだけしか言わなかったけど、握り締めた拳の関節が白っぽくなっていたから、想いは同じだとわかった。いや、同じに決まってるんだ。俺たちを闇から連れ出してくれたのは骸さんだった。過去にファミリーの実験施設から、そして今、あの深い牢獄から。俺たちは2回も、骸さんに助けられたんだ。だから今度は俺たちが骸さんを助ける。復讐者の牢獄がどんなに厳重なものかは身をもって知っている、脱獄を試みた骸さんを助け出すことがどんなに困難かも。それでもこの決意は揺るがない、だって俺たちは骸さんが大切なんだ、好きなんだ。
ねえ、骸さん。俺たちは骸さんに比べたら、全然弱くて、無力なんだ。けれど、この想いは誰よりも何よりも負けない。だから待ってて、骸さん。きっと迎えに行くから。そしたらまた、ボーリングしたり、パイナップル食べたりできるかな。会いたい。会いたい。早く会いたい。
ねえ、骸さん。俺たちの声は、届いてる?
See you, our tender messiah