ねえかみさま。どうしておれだけまだ、こどもなの。























「あれ、ランボ、目の下に隈できてるよ。寝不足?」
「くぴゃっ」


驚いて変な声を出してしまった。図星だってばれたかもしれない。ツナはこういうところに鋭い、と思う。これもリボーンの言っていた、超直感っていうやつなんだろうか。


「ちゃんと寝たもんね!寝不足なんかじゃないもんね!」
「ならいいけど。ちゃんと寝ないと大きくなれないんだぞ〜」
「・・・ランボさんはおっきくなるもんね」
「あはは、確かにそうだよなあ」


ツナは笑いながらおれの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。ツナの指におれの癖毛が絡む感触が好き、だった。過去形なのは、今がそうじゃないからだ。最近おれは、ツナの優しさがくるしい、と思うようになっていた。

だっておれは、ツナの守護者。本当は、おれがツナを護らなくちゃいけないんだ。なのに逆じゃないか。ツナがおれの心配をする、おれを護ろうとする。こんなの、違う。おれはまだ、身長もツナのおなかくらいまでしかない。伸びてはいるんだろうけど、ツナも伸びているから追いつかない。こんなんじゃツナを護れないよ。

他の守護者はみんなおっきい。だってみんなツナと同い年か、それより年上だから。ツナがピンチの時にはみんな、ツナを護るのに充分な力を持っている、と思う。獲物まで正確に届くダイナマイトや、まるで踊りを舞うみたいな剣の技、何もかもを砕く拳、どれも格好よくて憧れたけど、今は違う。羨ましい、ずるい、どうしておれだけちっちゃいの。どうして、おれだけおいてみんな、大人になっちゃうの。

考えていると心の中に黒いもやもやみたいのがあふれてきて、いたい。最近眠れないのもそのもやもやのせいだ。思い返すと頭の中がぐちゃぐちゃしてきてどうしようもなくなった。おれは何だか急に泣きたくなって、でも近くにツナやママンがいたから「ガ・マ・ン」と言い聞かせて、唇を噛みながら玄関を飛び出した。























走って走って、おれは近くの河原まで来た。朝早いせいか、まわりにはのんびりと犬の散歩をしているおっさんくらいしかいなくて、おれはガマンしていた涙を一気に出した。


「えぐっ、ひっく、うぐっ」


初めてツナと話したのはこの場所だった。あの時もおれはぐじゃぐじゃに泣いていて、泣き止むまでツナが一緒にいてくれた。思い出したらもっと涙が出てきてどうしようもなかった。


「ランボさんのこと、おいてかないでよぉ・・・」


ツナがほんとにマフィアになってしまったら、もっともっと危ない目にあうんだろう。その時、こんなおれは邪魔で足手まといだって、わかってる。でもおれ、いらないって言われたら、どこに行けばいいの。ボスにはボンゴレの守護者になって頑張るって言っちゃったから、今更ボヴィーノにも戻れない。暗い暗い穴に堕ちていくような気がして、ぎゅっと目を瞑ったその時だった。


「ランボ」


後ろから声がして、慌てて涙を拭って振り返った。


「・・・イーピン」


まだあまり高くない太陽の光を浴びて、イーピンが立っていた。走ってきたらしく、ちいさな肩が上下している。


「ランボ、急に、いなくなる、から」


まだ日本語が完璧じゃないのと、少し息が乱れているせいで、イーピンはぶちぶちと単語ごとに喋った。完璧じゃない、と言ってももうイーピンの日本語は日常生活には全く支障がないくらいに上達していた。辮髪は短いお下げに変わり、糸みたいだった目はいつのまにかまるく大きくなって、今おれをまっすぐに見ている。イーピンは成長している、おれと違って。そう思った時、また心から黒いもやもやがあふれてくるのを感じた。


「みんな、心配してる。かえろ」
「いやだ」
「どうしたのランボ」
「みんなみんなランボさんのことおいてくから!」


そう叫んで涙を流すおれを、イーピンは意味がわからないという表情で見ていた。


「みんなランボさんをおいて大人になっちゃう。ランボさんだけ子どもで弱いから、いらないんだ。必要ないんだ。だから帰んないもんね!」


自分で言っていて無茶苦茶だなと思った。だからイーピンに伝わるはずがない。けれどおれは次の瞬間、信じられないものを見た。

イーピンのまるくて黒い瞳から透明なつぶがいくつもうまれて、つるりとしたほっぺを伝っていた。おれはびっくりして固まった。なんで、なんでイーピンが泣くの。


「・・・や」
「え・・・」
「・・・わたし、ランボ、いないの、いや・・・」


イーピンの口から掠れた声で出てきた言葉に、おれはむねをぎゅっと握られたような、知らない痛みを感じた。イーピンが涙を流している。それはおれのせいで、すごくかなしくてなさけなくて、どうしようもなくて。もう、気持ちがぐちゃぐちゃで。


「うわぁああん!」


おれは、泣いた。イーピンとふたりで向かい合って、ふたりで泣いた。泣いたって何も解決しないのに、どうしたらいいのかわからなくて、ただ泣いて泣いて、気持ちと涙を垂れ流した。おれはかなしかったんだ、自分が弱くて。おれはなさけなかったんだ、弱い自分を変えようとしなかったこと。そのせいで、イーピンを泣かせてしまったこと。そして嬉しかったんだ、イーピンがおれのいない世界を否定したことが。


「っ、いーぴん・・・っ」


おれは泣きすぎでひりひりした喉をおさえて、やっと言葉を発した。


「・・・ランボさんどこにもいかない。約束する。だから、イーピン泣かないでぇ・・・」
「・・・うん・・・うん・・・」


イーピンはずっ、と鼻を啜って何度も首を縦にふって、ぬれたほっぺを拭ってえへへと笑った。おれもつられて笑った。さっきまで大声出して泣いていたのに、今度は向かい合って笑っている。まわりから見たら相当変だった、と思う。でも笑っていたら、心の黒いもやもやがいつの間にかいなくなっているのを感じた。


「ね、かえろ。」
「うん」


イーピンの言葉に、今度こそおれはきちんとうなずくことができた。























「あ、ランボ!急に出てくからどうしたのかと思っ・・・?!」


家の玄関にいたツナが言葉を終える前に、おれはツナに抱きついた。抱きついた、と言ってもおれの顔はツナのおなかにダイブするような形だけれど。


「な、どうしたんだよランボ、こら、ちょっと離れろよ〜」


おれは言うことを聞かず、ツナにもっと強くしがみついた。そうしたら諦めたように頭を撫でてくれた。さっきはくるしい、と思ったのに、今は気持ちよくてあたたかい。


「ツナぁ」
「ん?」
「ランボさんはちゃんと大人になるもんね。成長するもんね!」
「なんなんだ急に・・・」


おれはまだちいさくて、何にもできない。でも、おれを大切にしてくれるひとたちがいる。だからおれははやく大きくなって、そのひとたちを護りたい。今おれの頭を撫でてくれるツナの手も、イーピンが流した涙も。今までは自分だけが忘れられていくようで怖かった、だけどそれはおれが逃げていただけなんだ。みんながおれをおいていくんじゃない、おれが成長しようとしなかっただけなんだって、気づいたんだ。だからおれは前を向いて、一生懸命強くなろうと思う。

未だハテナマークを浮かべているツナに抱きついたまま後ろを振り返ったら、イーピンが笑っていた。だからおれも笑った。

ねえかみさま。おれはもう、泣かないよ。












I'll depart from neverland