ドン。

今日も前触れ無く、耳を劈く銃声。ぱた、と倒れる仲間。新しい武器、新しい弾。全ては俺たちの体で試されていく。死に至るものだって当たり前に存在する。幾つもの命を蹴散らして、人体実験は進む。

地獄だ。いや、地獄を実際に見たわけではないから、その表現が正しいかどうかは知らない。けれど今、俺たちが生きている場所は間違いなく、その言葉が相応しかった。もしも此処から連れ出してくれるならば、俺はきっと悪魔だろうと死神だろうとくっついていってしまうだろう。























願っていた日は、唐突に訪れた。

いつもの実験室。開発の生贄になる子どもたちの悲鳴で埋められる筈の場所に響き渡ったのは、違う声だった。明らかに大人のものとわかる叫び、機器の砕け散る音。何かが起こった、俺は本能的に走る。

べちゃ、と何かが飛んできて眼鏡に張りつく。それを血だと理解する前に、自分の見ている光景に凍りついた。足が動かない、瞬きすらできない。床に転がる人体、そして流れ出す夥しい量の赤。滅茶苦茶に破壊された実験器具がピロピロと場違いな電子音を発している。事態が飲み込めない俺の視界が、漸くひとりの人間を認識した。

その人物は、赤く染まった部屋の中心に佇んでいた。自分と同じ服を着ているから立場は同じ、実験体の子ども。後頭部をぴょんと跳ねさせた奇妙な髪型のせいか見覚えはあったが、名前は知らないし喋った記憶もない。彼は目立たない、おとなしい印象だった。しかし今、この状態を創ったのは間違いなく。


「クフフ」


声が聞こえて、ハッとする。どうやら彼は笑ったらしい。その後もぼそぼそと呟いていたが、自分の頭は現実を飲み込むことで精一杯だったからあまりよくわからなかった。最後に放たれた、「全部消してしまおう」という言葉だけが脳裏にリフレインする。あとはただ何もできず、彼が目を覆っていた眼帯を乱暴に毟り取るのを見ていた。その瞬間ふいに、彼がこちらを向く。

紅。床に広がる赤よりも、ずっと鮮やかな。

目が離せない。魔法に掛けられたように体が固まっている。何か言葉を発そうとしても、口がぱくぱくと上下しただけだった。


「一緒に来ますか?」


佇む彼は微笑んでそう言った。微笑む、といってもそれは酷く寒気のする様なうつくしく冷たい、妖艶な笑み。


「・・・行くびょん」


答えられずにいると、自分の後ろから声が聞こえて驚いた。振り向くと見知った顔があった。俺と同じく一部始終を見ていたらしい、小刻みに震える手が物語っている。


「俺も」


反射的に答えた。紅い瞳の彼は一度だけ瞬きをして、そのまま歩き出す。この景色を作り出したであろう槍のような凶器を握り締め、赤く染まった服もそのままで。後に続いて歩き出す。足の裏に赤が纏わりついてびちゃびちゃと汚い音を立てたけれど気にならなかった。

彼が何者なのか全く知らない。同じ実験体だった、それだけ。あの紅い瞳に宿るものが邪悪なものか聖なるものか、確実に前者だろう、そう思った。けれど俺はこの足を止めようとはしなかった。

だって、願っていた日が来たのだから。

この地獄から連れ出してくれるならば、彼が悪魔だろうと死神だろうと構わない。一緒に来ますかと彼は言った。つまり俺は行動を共にする権利を与えられたのだ。生まれて初めての、自分の場所。自分が生きていて、いい場所。彼の側がそうなのだ。何故そう感じたかすらわからないけれど、引き寄せられた。本能のまま。

これからどんな運命が俺らを襲うのかなんてわからない。けれどどうしてだろう、何も怖くない気がする。彼についていけばその理由がわかるだろうか。ただ、胸の鼓動が煩かった。












Hello, our cruel messiah