久しぶりにその現象を見た。十年バズーカ。
あいつは年齢が二桁になるあたりから10年後の自分に頼ることは段々と少なくなっていたから、20代も半ばに差し掛かった今となっては、過去に呼ばれることは珍しくなっていた。それだけでも驚くべきことなのに、現れた10年前は肩に酷い怪我を負っていた。
何があったのかはわからないが、とりあえず治療をしてやろうと思い話しかける。俺が誰だかはすぐわかったようだが、その瞳は恐怖に揺らぎ、口は言葉を生成できずに震えていた。体に触れると怯えて後ずさる、まるで俺が悪者のようで気分が悪い。傷口からは血が流れ出している、あまりいい状態ではないのに。いい加減にしろ、と言おうとしたその瞬間、ボン、と音がして10年前のあいつは消えていた。
立ち込める白煙の中に、過去から戻ってきた奴が柄にも無く神妙な顔をして佇んでいる。たった今までここにいたのは確かに10年前のこいつだ。一体何があったのか、説明してもらわないと気が済まない。
「戻ってきたのか」
声をかける。振り向かない。暫しの沈黙の後口元だけが動いて、なに、と反応する声が漏れた。どうやらあまり機嫌がよくないようだが俺には関係ない。後頭部にごり、と愛銃を突きつけて言葉の続きを促す。
「行ったんだろ、過去に」
ようやく振り向いて俺に目線を合わせる、だけどそれ以上言葉を紡ごうとはしない。俺の銃はまだ頭に向けられているのに。この脅し方はもう日常茶飯事で麻痺してるのか、仕様が無い。
俺はひとつ息を吸って、止める。それは殺しをする瞬間。空気が張り詰める。曲がりなりにも同業者のこいつに、この状況がわからないわけがない。
「20年前まで行った」
数秒後諦めたような口調でぼそりと漏らされた、その言葉に俺の心が傾く。20年前といえば、俺がツナの所へ行ってから1年半くらいだ。胸に沸き起こるなんとも言えない感情。ああこれが懐かしい、という感情か。あの頃は理解できなかったけれど今ならわかる。
「ほぉ」
止めていた息を吐いて、手の銃はそのままでぐりり、と回転させた。それだけで話がお終い、なんてわけはねぇだろうな。心の声は充分通じているらしい、銃口の下にある表情は益々顰め面になる。
「みんないたよ・・・ボンゴレも、獄寺氏も山本氏も笹川氏も・・・っ」
言葉が終わらないうちに、瞳からだらだらと液体を零し始めたから溜息をついた。昔からこいつは酷く泣き虫で、よくツナの足にしがみついては泣いていた。泣き出すと止まらないのも相変わらずだ、こうなってしまったらもう何を言っても何をしても泣きっぱなしだ。付き合ってられねぇ、俺はひとつ舌打ちをかまして奴の頭に当てていた銃を懐に収める。
「てめーの泣き虫は幾つになっても治らねーんだな」
「だって・・・!」
反論は中途半端だった、噎せてその場に蹲って、さらに激しく嗚咽を繰り返すから始末に終えない。
「いつまでも泣いてんじゃねーよ、目障りだ」
捨て台詞を吐いて俺はその場を後にした。何やらもごもごと反論しているようだったが泣きすぎで鼻が詰まって、文字毎に濁点がついているような言葉は聞きたくない。それに、いつまでもあんな面を見ていたら思い出したくも無い事実を突きつけられて心が塞ぐ。だから無理矢理思考を別のことに移そうとした。
が、それは既に遅かったらしく胸に例えようの無い感傷が漣のように広がっていく。
(―くそ、)
胸が締め付けられるように痛い、体の震えが止まらない。こんな感情は知らない、どうすればいいかわからない。あのアホ牛みたいにだらしなく涙を流せば少しは救われるだろうか、この痛みが浄化されるだろうか。だけど俺は泣けない、涙の流し方を知らない。赤ん坊の頃からずっとこの職業に就いて、命が奪ったり奪われたりするのを見てきた。命の重さは知っている、だけどいちいち嘆き悲しんでいる暇は無くて、いつしか俺は何があっても涙を零さなくなっていた。そう、手塩にかけた教え子を失ったあの日ですら。
そして悲しみと喪失感は排出されること無く蓄積して、俺の心を日に日に圧迫していく。ツナ、お前がこんな俺を見たらどんな顔をするんだろう?らしくない、と笑うだろうか?それともこの世界に連れ込んだ俺を恨むだろうか?考え出したらもう止まらない、次々とフラッシュバックする表情。こんなにも鮮やかなのに、もうツナはここにいない。
「・・・ダメツナめ」
ボンゴレの名に恥じない、大空のような人間になれと俺は言った。だけどお前はその空を越えて、もっともっと遠いところまで行ってしまった。行き過ぎだ、最後の最後までホントに手のかかる教え子だ。
今日、牛が見てきた過去。ツナと守護者達が、生きている過去。その過去が辿り着く未来が今になるのか、それとも全く違う未来になるのか俺にはわからない。牛がかつて言ったように未来が枝分かれしていくのならば、今この俺がいる未来にではなく異なる未来に道を繋げて欲しいと切実に思った。ああ、これが祈りというやつか。俺には最も似合わない言葉、だけどこの感情につけられる名前は其れ只ひとつ。
「今度は道間違えんじゃねーぞツナ」
届く筈も無い、理解している。だけど呟かずにはいられなかった言葉は、空を亡くした空に吸い込まれていった。
Sky without sky (SIDE:REBORN)