ボン、と音がして俺の身体が白い煙に覆われた。ああもうタイムリミットだったのかと、少しずつ鮮明になる景色に唇を噛む。20年前の俺があの電流に耐えられる筈が無い、あの勝負はきっと負けて過去の俺はぼろぼろの雑巾みたいにになるだろう。想像して思わず身震いする。


「戻ってきたのか」


徐に声がした。振り向かなくてもわかる、気配をここまで完璧に消して行動できるのはあいつしかいない。悔しいけれどありとあらゆる面で俺よりずっと優れたヒットマン。いつもは俺が話しかけても録に耳を傾けない癖に、こんな時に限って向こうから話しかけてくるのが腹立たしい。俺は背を向けたまま答えた。ささやかな抵抗。


「・・・なに」
「行ったんだろ、過去に」


科白と同時に、後頭部には金属の感触。銃。俺が少しでも気に障る態度をとるといつもこれで嫌になる、何年経っても俺を格下扱いする。反応しないでいると、ごりごりと銃が俺の癖毛に絡み皮膚に食い込んで痛い。このままでいるとやがて躊躇いも無く引き金に手を掛けそうな雰囲気だったから仕方なく振り向いた。帽子も髪も服も靴も漆黒の、闇が佇んでいる。そして同じ闇を湛えた冷たい瞳が俺を見据えていた。同業の俺ですら凍りつきそうな殺気を感じて、諦めて口を開く。


「20年前まで行った」
「ほぉ」


纏っていた殺気が少し緩んで、口元が上がるのが見えた。俺の頭でまた人殺し金属器がごりり、と音を立てる。もっと話してみろ、という無言の圧力。


「みんないたよ・・・ボンゴレも、獄寺氏も山本氏も笹川氏も・・・っ」


そこまで言葉を発して、俺は自分が泣いていることに気づいた。上手く次が紡げない、息が出来ない、胸が苦しい。が・ま・んと自分に言い聞かせても瞳から次々と熱いものが溢れて止まらない。必死に涙を拭う俺の耳に舌打ちの音が聞こえて、金属の感触が遠くなる。


「てめーの泣き虫は幾つになっても治らねーんだな」
「だって・・・!」


反抗する言葉を吐こうとして喉に詰まって、盛大に噎せた俺はその場に蹲った。昔もよくこうやって泣いたことを思い出す。馬鹿みたいに泣き続ける俺にボンゴレが困った顔しながらも泣き止めよランボ、って飴を掌に転がしてくれる。鮮明な記憶が蘇って余計に涙が増産された、悪循環だ。だって、ボンゴレは、ツナは、もう。


「いつまでも泣いてんじゃねーよ、目障りだ」
「・・・っく」


容赦無い暴言に、精一杯の睨みを効かせて顔を上げた。だけど視界を埋めていた漆黒は随分小さくなっていた。来た時と同じ様に立ち去る気配も皆無だ。自分のやりたいことだけ、言いたいことだけ済んだらさっさと行ってしまうのは毎度のことだから慣れているけれど、流石に今日という今日は腹が立って、俺はすっくと立ち上がり小走りで追った。


「待てよリボ・・・」


怒りに任せて呼んだ名前は、最後の文字までは放てなかった。だって俺は見てしまったんだ。

その黒い肩が、微かに震えているのを。

俺はもう何も言う気にならなかった。追いかける気力も失せてしまった、足も動かない。あいつがどれだけボンゴレの側に居て、どれだけの時間を過ごしたか、どれだけの想い出があったか。・・・どれだけ愛していたか。俺だって、それくらいはわかる。わかってしまう。あの恐ろしいヒットマンの心が悲しみというもので埋められている。ボンゴレ、あなたが今それを知ったらどんな顔をするんだろうか。笑う?照れる?びっくりする?ひとつひとつの表情が浮かんできて、また涙を誘っていく。

せめて今日出逢えた懐かしい過去達よ、ずっとずっと幸せに生きていって欲しい。 未来は幾つも存在する、ならば涙の無い新たな未来に彼らが辿り着けますように。

俺は静かに、空を亡くした空に向かって祈りを捧げた。












Sky without sky (SIDE:LAMBO)