「はぁ」
ようやく補習が終わって、俺は溜息をついた。
先週のテスト結果はお世辞にもいいとは言えない点数。・・・まぁだから此処にいるのだけれど。でもこれでも前よりは明らかに勉強しているのに―いや、「させられている」のに。今日も補習だったなんてことが家庭教師のちびっ子にバレたら、と考えると頭が痛い。只管堕ちていくテンションに歯止めをかけるように立ち上がって鞄を背負って、俺はそそくさと教室を後にした。
* * *
「じゅーだいめー」
聴きなれた声に振り向くと、獄寺君がこっちに向かって手を振っていた。補習だから一緒に帰れないって言っても、いつもこうやって待っていてくれるから何だか申し訳ない。じゃあ俺も獄寺君が補習の時は待っていよう、なんて思うけど頭のいい獄寺君が補習を受けることなんてないから、結局一方的に待たせっぱなしになってしまう。俺は小走りで寄っていって謝る。
「先帰っててよかったのに!ごめんね〜」
「十代目が謝る必要はありません!俺、リボーンさんとお話してたので!」
獄寺君の口からリボーンの名が出て、またひとつへこむ。バレたら、って考えすら甘かった、もう既にバレバレだ。今日からはきっと今までの更に上を行くスパルタ教育が始まるんだろう、想像するだけで痛い。でも獄寺君の前で口に出せば少し楽になるような気がしたから、呟いてみた。
「補習だったって速攻バレてんなー、またねっちょり勉強させられるよー・・・」
「・・・十代目、」
反応は無くて、代わりにゆっくりと呼ばれる。その言葉の雰囲気が俺のぼやきに対してあまりにも重いものだったから、びっくりして獄寺君を見た。いつもだったら十代目なら乗り越えられるっす、大丈夫っすなどど全く根拠の無い励ましが降って来るのに。少し俯いた獄寺君の表情が何だか泣きそうに見えて、どこか具合でも悪いんじゃないか、と不安になって覗き込む。
「獄寺君?」
黙ったままの獄寺君は答えを発さずに一度だけ瞬きをして、その瞳が真っ直ぐに俺を見た。笑ってない、いつもより数倍真剣な表情は正直言ってちょっと怖くて、あれ何か俺悪いことしたかなぁなんてここ数日の行動をもやもやと省みていたら。
「俺、強くなりますから」
予想もしてなかった言葉が降りてきた。
こう言っちゃ失礼かもしれないけど獄寺君の言動が意味不明なことはよくある話で、いつもだったら適当に流したり緩くツッ込んだりするのだけれど。でも今目の前にいる獄寺君はひどく切なそうで、何か深刻なことを心で噛み締めているような雰囲気だったからどうしたらいいかわからなかった。
「・・・ど、どうしたの?何かあったの?」
居た堪れなくなって尋ねる、そうしたら獄寺君が少し表情を緩めた。
「・・・何でもありません」
いや何でもなくないだろ。というツッコミは喉の奥で潰した。だって獄寺君がまるで何かを慈しむように、柔らかく微笑んだから。そんな表情初めて見た、またまた失礼だけど獄寺君はこんなに優しく笑うことができるひとなんだって新たな発見をした気分だった。
とりあえず獄寺君の言動についてそれ以上追求したり考えたりするのはやめた。最初に見た泣きそうな表情が心の奥底に引っかかるけど、獄寺君が何でもないって言うんだからそういうことにしておこう。
・・・でもね獄寺君。
本当に辛い時、苦しい時はちょっとくらい、寄りかかってもいいんだよって俺は言いたい。獄寺君はいつも俺に心配かけまいとして、どんなに大怪我しててもどんなに苦しい時でも平気です大丈夫ですって、痛みを隠して笑顔を作ってしまうから。確かにこんな俺じゃ頼りないかもしれないし、全然力になれないかもしれない。そもそも獄寺君と俺じゃあ育ってきた国も環境もまるっきり違うから、お互い不可解なところもいっぱいあるだろうけど。
それでも俺は、わかり合いたいって思う。同じことで怒って泣いて、笑って。単純な、当たり前のことかもしれないけれど、それが今の自分達にとって1番大事なものの気がするんだ。
マフィアのボスになるとかならないとかそんなもの関係ない、獄寺君は俺の大切な大切な、友達。
だからいつか獄寺君が本当に救いの手を必要とした時、俺がその手を取れるように。
これからもきっと、俺は一緒にいるから。
Dedicate.2