※流血表現があります















































早く帰らなきゃ。焦る心と裏腹に、体はだんだん重くなっていく。

見ないようにしていた傷口にそっと手をやったら、生温い液体の感触がして絶望した。持てる知識を総動員して行った止血の応急処置も意味を成さない程、傷は深いらしい。職業柄、痛みにはある程度の耐性がある。けれど多量の出血があれば死に至るのは、一般人だろうが真選組隊士だろうが同じわけで。

ふいに視界が歪む。次の瞬間、俺は地面と濃厚な接吻をしていた。


「・・・っつ、」


出血のせいで眩暈が起こったらしい、派手に転んで全身を打った。すぐ起き上がろうとする、けれど体は動かない。まるで俺の体じゃないみたいだ。傷口から染み出した赤が地面に広がっていく。見慣れている筈なのに、まるで初めて見るような感覚。


(・・・死ぬのかな、俺)


まるで他人事のように思った。怖くは無い。入隊したあの日から、いつだってその事実は隣り合わせ。綺麗な布団の上じゃ死ねない、わかりきっていた。だからこんな薄汚い路地裏で死んでも、後悔は無い筈。















































カサリ。

僅かな物音がして、反射的に刀へと手を伸ばす。負わせられた深い傷を庇いながらも必死に走って、敵は撒いた筈なのに。うまく動かない指で何とか脇差を抜いて息を潜めて、襲来するであろう存在を待った、けれど。


「・・・なぁう」


静寂の中響いたのは、人間の声ではなかった。カサ、カサ、という音を何度か立てながら、積まれたゴミの間から、声の主が姿を現す。


「・・・なんだ、猫か」


野良らしく、痩せた黒猫。へな、と体の力が抜ける。ああ、もう今のが俺が出せる最後の気力だったみたいだ、どう頑張ってももう、体は動きそうに無い。そんな俺を見て何をどう思ったのかわからないが、黒猫は俺の側までやってきてピタリ、と足を止めた。もしかして血の臭いを嗅ぎつけたのかもしれない、猫だって獣の一種に違いは無いのだから。


「・・・お前さぁ、俺狙ってんの?」


黒猫は微動だにしない。まるで死神みたいだな、真っ黒だしこの状況だし、などと考える無駄に冷静な思考回路に苦笑する。猫に看取られて死ぬ、なんてある意味風流かもしれない。そう思いながらぼんやりと猫の表情を眺めた。漆黒の中に、ぎらり、と輝く瞳。


(!)


瞬間、朦朧としていた意識が一気に浮上する。脳裏に浮かび上がる、この猫と同じ、鋭い瞳をしたひと。そうだ、俺はあのひとに会うまで死ねない、この目で見た真実をこの口で告げるまで。後悔は無いだなんて大嘘だ、今死んだら後悔だらけじゃないか。

手放していた脇差をもう一度握って、地面に突き立てた。動かない体を、それに縋って無理矢理立ち上がる。ぼたぼたと滴る赤を、黒猫が止まったまま見ている。


「・・・っ、ありがとな、お前・・・」


死神なんかじゃなかった、俺の救世主だ。ほらだって、縺れているけど足が動く。お前のお蔭だ、俺は死ねないって、気づかせてくれたのだから。

今から会いに行くよ、お前と同じ瞳をしたひとに。それまではこの身が全て赤に染まっても、俺は走るんだ。












猫/山崎(と土方)